奇妙な吸血鬼の話


とある地方のとある村。
そのはずれにたたずむ古城。
過去にここで何が起きたのか、人里はこの城から遠く離れてしまった。
打ち捨てられてどれだけの年月が経ったのか
かつての栄華はもはや見る影もない。

これは、そんな古城に住む二人の奇妙な吸血鬼のお話。





「おやおや。何故にまたここに民衆が押し寄せているのか。」
 窓から外を眺めながら、大仰に両手を広げる男。
 一般的なフォーマルスーツに身を包んだ彼の名は、ジャック・エルスト・ラ。
 この古城に住まう、強大な力を持つ吸血鬼だ。
 彼の言葉は必要以上に抑揚を与えられ、男の動きと合わさってさながら芝居のようだ。
「ふふ。手に手に武器を。どう考えても平穏ではありませんわ。」
 その男の隣、から一歩下がった位置に立つ女性。
 黒を貴重とした、上品で豪奢なドレスに身を包む彼女の名は、ルー・ラ・ルー。
 ジャックの手で吸血鬼となった、彼の使途である。
 彼女は口元に指先を当てながら、愉快そうに笑う。
「あぁ、その通りだ。我々は何か彼らに対し不快なことでもしたのかな。」
「さぁ。ろくにこの城を出ず、互いに互いの血を吸い合って生きてきたもの。ふふ。私たち、まるで変態ね。」
「人間に危害を加えるのは我の望むところではないのでね。もっとも、君以外の血を吸うなどということ自体考えられないが。」
 自らの主であるジャックに対し、一切の遠慮もなく辛辣な言葉を浴びせるルー。
 ルーの辛辣な言葉を気にもかけず、仰々しく語り続けるジャック。
「あら、それは私も同じですわ。愛しきジャック。」
 対するルーも、自分が浴びせた言葉など忘れたかのように、ごく自然にジャックへの愛を語る。
 奇妙で滑稽な、しかし彼らにとってはこれが、日常。
「ありがとう、愛しきルー。だが解せないね。何故彼らは我らの存在を知ったのか。」
 腕を組みつつ片手を額に当て、大げさに考えるそぶりを表現するジャック。
 しかし口元だけには、余裕の笑顔が現れていた。
 ジャックは顔に常にオーバーに表情を表しながら。
 ルーは常にその顔に微笑みを貼り付けながら。
 ただ、喋りあう。
「何もしなくとも、彼らは牙を剥く。どちらが怪物なのかしら。」
「それはもちろん、我々のほうだろう。このような古城に住んでる時点で正常とは思いがたい。」
「あらあら。私たちの甘美たるこの生活まで、ご自分で否定なさらずとも。」
「可能であれば、美しい屋敷でいつまでも君を眺めて居たかったがね。」
「あら気持ちの悪い。眺めているだけで満足ですの?」
「そんなわけがないだろう?愛しきルー。」
 唐突にルーを振り返り、その顎を指で持ち上げる。
 自然、二人の視線が交わる。……が
「ほっとしましたわ、愛しきジャック。本当の変態に成り果てたのかと。」
 ルーは微笑を崩さず、ただジャックの顔を見つめ続ける。
 その反応にひとつうなずくと、またジャックは窓から外を見下ろした。
「ともあれ、彼らは我々が存在しているというだけで不快なようだね。」
「悲しい人たち。恐怖することしかできないなんて。」
「それは我ら、力有る者達の傲慢なのだよ、ルー。」
 視線は窓の外のまま、やはり大仰に反論する。
「その言い方こそが傲慢ですわ、ジャック。」
「ああ、まったくその通り。なるほど、傲慢であるがゆえ不興を買ったか。」
 ルーの言葉を聞き、腕を組み大きくうなずき、「納得」を表現する。
「あら、関わった事も無いのにそれはありえませんわ。」
 が、すぐに返って来た反論に、ジャックは「なるほど」とつぶやく。
 そのまま、組んだ右腕を立て、さらに人差し指を立てる。
「その通りだ。つまりこういうことだな。あんな場所に住んでてしかも出てこないなんて不気味すぎるから怪物に違いない、と。」
「簡単に纏め過ぎではなくて?」
 ルーはまた、指を口元に当てながら、クスクスと笑う。
「だが、ほかに思いつかぬのでは仕方あるまい?そもそも、そのような推測すら無駄であろう。」
「あらあら。ご自分でご自分の行動を否定なさらずとも。」
 その言葉に、ジャックはすぐに自分の顔を片手で覆う。
「悲しきかな、性分なのだよ。さて、それで我々はどうするかだが。」
「諦めましょうか。逃げましょうか。それともいっそ、皆殺しにします?」
 相変わらず。微笑を消さないルー。クスクスと、提案を挙げていく。
「ふむ、それも可能であろうな。というより、最も手っ取り早い。」
「ですが、やらないのでしょう?」
「君が望むのなら、やってもかまわないぞ。愛しきルー。」
 身体を窓の外に向けたまま、首だけをやや強引にひねり、ルーの顔を見つめる。
「ご冗談を。汚らわしい血の混じった貴方なぞ、見たくもありませんわ。」
 そこで初めて、ルーの顔に微笑み以外の……嫌悪の表情が浮かぶ。
「それは私も同じさ。ならばどうする、諦めるのかい。」
 が、それもすぐに消え、またもとの微笑みに戻る。
「それもいいのかもしれませんわね。面倒なこの身体を捨て、この世界を捨てれば、永久に誰にも邪魔されず貴方と二人で愛し合えるかも知れない。」
 その言葉に大仰にうなずくジャック。
「なるほど、アンデッドである我々だが、死後に生きるというのもなかなかに面白い。」
 言葉は真剣で、少しもふざけてはいない。
「でも、彼らの手にかかるというのは正直歓迎いたしませんわ。」
 ここでまた、ルーの顔に違う感情が浮かぶ。その色は、憂い。
「それなら安心するといい。我も、愛しき君をあのような者たちに差し出すつもりはないのでな。」
 その感情は、ジャックの言葉でさらに別の……歓喜へと染まる。
「ああ、うれしい。それでは、先に待っておりますわ。愛しきジャック。」
「ああ、待っていてくれ、愛しきルー。我は、あやつらを少しからかってから行くとしよう。」
 その言葉からジャックの意図を理解したルーは、また最初の微笑へと戻る。
 いや……最初よりも、幾分もやわらかくなった微笑へと。
「お優しいのね。それでは、行ってらっしゃい。愛しきジャック。」
「ああ、行ってくるよ。愛しきルー。また後で。」
 最後にそう言うと、ジャックはルーの首筋に噛み付いた。
 そのまま、彼女の全身の血を奪い尽くす。
 戸惑うことなく、一瞬で。
 瞬間、彼女の身体は無数の灰となり砕け散る。
 それを見届けると、ジャック古城の出口へと向かった。
 思いつく限りの、邪悪な笑みを浮かべて。



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