Treat but Trick


来る10月31日。
日本では、名前こそあるもののそんなに有名でもないお祭。
それがハロウィン。

カブだかカボチャだかをくりぬいてお化けの形のランプにして、それを飾る。
夜になれば子供たちがいろんな化け物の仮装をして家々を練り歩き、
「Trick or treat?」
と尋ねて回る。
意味は、「お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!」
というものらしい。

正直な話、傲慢な訪問もあったものだな、と
私、春川早莉那(ハルカワ サリナ)は思う。
日本じゃ有名にならなかったのも、わかるかな、と主観で考える。

だけど、私も今日は、そんな傲慢なお祭をやろうと思う。
これは、そんなお話。


ピンポーン

と、気の抜けたチャイムが鳴る。
安いマンションの、高くも低くも無い階の、なんでもない一室。
その中のさらに一室。
自室に引きこもってキーボードを叩いていた指が、フと止まる。
誰なんだ?こんな時間に。
彼、有栖時兎(アリス トキト)はチラと時計を見る。
時計は22時を指していた。
こんな時間に尋ねてくるような知り合いを持っている覚えは無い。
そもそも、今は学校の課題を仕上げないといけないから来るなと言ってある。
首をかしげるが、チャイムが鳴ったことには仕方が無い。
彼はタバコを咥えなおすと保存ボタンを押してから玄関に向かった。

ピンポーン

玄関が見える廊下に出ると、またチャイムが鳴った。
どうやら、ピンポンダッシュではなさそうだった。
「はいはいちと待って」
微妙に急かされて歩く速度を上げる。といっても、そんなに距離も残っていないのだが。
「ったく誰だよ……」
そうボヤきながら扉を開けると

「とりっく おあ とりーとっ!!」

異様に明るい声がはじけた。
「……は?」
立っていたのは、異様にデカい帽子だった。
身長の関係でそれだけしか見えなかったが、視線を徐々に下げていくと
やけににこやかな見慣れた顔があった。
「……。」
とにかく、ポケットからガムを取り出すと
「ほい」
渡してやって、扉を閉めた。
あれがハロウィンというやつか……。
やれやれ、なんだってこんな時に。
頭をガシガシと掻きながら部屋に戻ろうとして

「え、ちょっと!開けなさーい!!」

甲高い声とバンバンと鳴る扉の音が追いかけてきた。
時兎は大きくため息をつくと、仕方なく扉を開けた。
「で、何しに来たの。」
「えーっと……。お菓子くれてもイタズラしちゃうぞ?」
ぞ?と小首を傾げられても困る。

突然の訪問者、デカ帽子の正体は、隣の部屋にすむ女の子だった。
名は、春川早莉那。今年で中学2年になったはず。
彼女の家族とは、部屋が隣のせいもあってか、それなりにいい付き合いをしている。
一人暮らしな有栖を気遣ってか、夕食を差し入れてくれることも多かった。
そんな付き合いの中で、早莉那にもなつかれることになったわけで。
「はい」と、早莉那は携帯電話を差し出してきた。

タイトルには『アリス君に見せてネ!』。
『ごめんねアリスくん、ちょっと今日は二人とも出張になっちゃって!
早莉那も一人は寂しいだろうし、一晩一緒に居てあげてね!
                          P.Sお土産楽しみにしてて』

また、ため息をつく。
彼女の両親は共働きで、互いによく出張に行っていた。
でも、二人の出張がかぶるのは今日が初めてだった。
だからって、一人娘を男に任せるか、普通。
「しっかし」
早莉那は、魔女の格好をしていた。
紺色のつば広のトンガリ帽子に、紺色のワンピース。
ご丁寧に杖まで持っていたが、こっちはやたらキラキラしたアニメグッズなので浮いていた。
「なんで魔女。」
「ハロウィンだよハロウィン!知らないのアリス?」
「いや、それは知ってる。」
だからさっきもガムをやったんだし。
頬を膨らませてむくれてみせる早莉那を適当にあしらってリビングに行かせる。
ジュースを出してやって、一旦部屋に戻り、パソコンの電源を切る。
課題の提出もかなりギリギリになってきた。
また、ため息をついてタバコをもみ消した。

「で、来たはいいけど、何すんの。もういい時間だろ?」
正直、今からすることなんて思いつかない。
「メシは?」
「食べてきた。」
「風呂は?」
「入ってきた。」
「よし、寝ろ。」
「えええええええええええ!?何かないの!?」
本当に不満そうに詰め寄ってくる。
見上げる形になるせいで顔にガシガシ当たる帽子が非常に鬱陶しい。
「あーもう!とりあえず脱げその帽子!」
帽子を剥ぎ取って部屋の隅に放り投げる。
「きゃっ!」
驚いて身をすくめろその姿がちょっとかわいかった。
かといって気にするでもなく、肩を押してソファに座らせる。
その横に自分も腰を下ろして、ジュースを飲む。
「あっ」
「ん?」
早莉那の視線は自分の手に向けられていた。
自分が今持っているのは、さっきまでテーブルの上にあったコップ。
さっきまで早莉那が飲んでいたものだ。
「ちょっと、アリス!」
「ん、ああ」
新しくジュースを入れて、渡す。
「はい。」
「ちが……もう、いい!」
早莉那はそれを受け取ると、一気に飲み干した。

なんでこんなに鈍感なんだろう。
……どうしよう、顔が熱くなってきた。

結局、さっきのジュース騒動から、早莉那はアリスから顔を背けたままだった。
見られるはずがない。
アリスもアリスで、そんな早莉那の様子を気にかけるでもなく、ただソファにもたれているだけ。

すぐ隣に、居るんだよね……。

本当は、家で一人でもぜんぜん寂しくなんてなかった。
どうせ、寝るしかないんだし。
でも、お母さんの気遣いはうれしかった。
お母さんには悪いけど、別の意味で。
あのメールを見てから、本当はちょっと踊りたくなった。
大好きなアリスと一緒に居られると思うと。
なのに、今はどうだろう。
ぶっきらぼうで、鈍感なのは昔っからだったけど。
ちょっとくらい気にかけてくれてもいいのにな……。
頑張って探した魔女の格好についても、何も言ってくれてない。
でも。
こうして、好きな人の隣に居られるだけで
とっても幸せな気分になれている自分はやっぱり単純なのかなと思う。
だって、うれしいものは仕方ない。

気づかないうちにむくれたりにこにこしたりと顔が変わっていたことに
本人も、有栖も気づかないまま
時間だけ過ぎていく。

「あれ?」
いつの間にか、隣から寝息が聞こえてきていた。
すー、すー、と、規則的なかわいらしい寝息。
時計を見ると、11時を半分ほど回っていた。

さすがに暇させすぎたかな

と、遅すぎることを考えながら、自室に戻る。
サッと片付けをして、ベッドをそれなりに整える。
自分の部屋の中で、ベッドがあるのはここだけだ。
ざっと部屋を見回して、少なくともマシにはなったことを確認する。
「よし。」
リビングに戻り、寝息を立て続ける早莉那をそっと抱き上げる。
「わっ……と。」
思ったより軽かった。
力を入れすぎていたせいで、一瞬バランスを失う。
「ん……。」
それに反応してか、早莉那が小さく声を上げる。
やば、起こしちゃったか……?
動きから息から全てを止めて動向を見守る。
……どうやら、大丈夫なようだ。
慎重に自室のベッドまで運び、そっと降ろす。
厚めの布団をかけてやり、部屋を出る。

ふぅーっ、と大きく息をついて、それから大きく伸び。
「俺も、寝るかな……。」
そのまま、ソファに転がった。


「ん……?」
うっすらと目を開けてみても、何も見えない。
ぽーっとする頭のまま、また、目を閉じる。

いいにおい。
アリスがいつも咥えているタバコのにおいだ。
そのにおいにしばらく浸って
「っ……!」
ガバッ、と上半身を起こした。

いつの間にか寝ていたみたいだった。
少しずつしっかりしてくる頭には、周りの状況がはっきりと入ってくる。
ここ、アリスのベッド……。
確か、覚えている限りでは自分はソファに居たはずだったけれど。
運んでくれたんだろうか。
一瞬、ちょっと期待して左右を見てみる。
けど、当然、アリスの姿はなかった。
そんな期待をした自分にちょっと赤面。

うっすらと明るさを感じる部屋に、ベッドから降り立ってみる。
机の上に置時計を見つけた。
金属の鈍い光を放つ、無愛想な時計。
時間は、4時くらい。
せっかくのチャンスなのに。
なんで、寝ちゃったんだろう。
自分のバカさ加減にちょっとイヤになったり。
そもそも話しかけてさえくれなかったアリスの鈍感さを
心の中で勝手に責めてみたり。

そっと、リビングに出る。
カーテンが開いているせいで、月明かりで部屋が明るい。
と、目当ての姿を見付けた。
ソファで眠る、アリスの姿。
早莉那は、アリスの横にそっと座った。
「ね、アリス。気づいてた?私が、アリスのこと好きだって。」
返事は無い。
当然だ。語る相手であるアリスは、ソファの上で眠っているのだから。
「いつからだったかな。私も、もう覚えてないや。」
あはは、と自然に笑う。
「でもね、アリスのことが好きなのは変わらないの。鈍感で、いい加減なのに、優しくて。」
返事は期待していない。
ううん、返事がないことがわかっているから、こうして喋っている。
「アリスからいつもする、タバコのにおい。タバコだからじゃない。アリスのにおいだから好きだった。」
「私の前では、絶対にタバコを吸わなかったよね。」
「覚えてる?去年、私の家でパーティした時のこと。」

聞いていて欲しい。けど聞いていて欲しくない独り言を、ただつむぎ続ける。

いくら喋ったか、覚えていない。
喋りながら、自分でもそのときを思い出して、笑ったり、テレたり。
そして、いつの間にか、頬を涙が伝っている。
「あれ、なんで、私泣いてるんだろう。」
おかしいね、と呟いて、笑おうとした。
「……やっぱり、アリスにとって、私って妹だったのかな。」
笑おうとして、失敗した。
一度決壊すると、ダメだった。
押さえ込んできた想いが、氾濫する。
「いつだってそうだった。何があっても、軽くあしらうだけで。じゃれているだけとしか思ってなかったんでしょ?」
「さっきだってそう。同じコップで。もっと意識してくれたっていいのに。」

ただ、想いをぶつけ続ける。
なんで、アリスは。どうして、アリスは。
アリスは、アリスは、アリスは。
でも、いくら責めようと思っても。
うまく、いかない。

「……はぁ、バカみたい。」
ため息をついてみた。
……やっと、笑えた。
ポケットの中を探して、来たときにもらったガムを取り出す。

「くすっ……。『お菓子くれても、イタズラしちゃうぞ?』」

最初に、苦し紛れに言った言葉。
それを、もう一度。
そして

アリスの唇に、自分の唇をそっと重ねた。
ほんの1秒もなかったかも知れない。ごく浅いキス。

「……おやすみ。アリス。」
呟いて、ベッドに戻った。


パタン。と
自分の部屋へと続く扉が閉まる。
有栖はそれを確認してから、そっと唇に触れた。

今……。

『お菓子くれても、イタズラしちゃうぞ?』
で目が覚めた。
と、思ったら、突然早莉那が自分に顔を近づけて……。
なんで、こんなことを。
思わず浮かんだ疑問は、即座に消える。
……決まってるだろ。こんなことするってことは。
でも。
俺は、早莉那の気持ちにこたえてやることはできない。
早莉那がなんと思っていようと。
こういうことをしてこようとも。

早莉那のことは大切だし、大好きだ。
だが、早莉那が望んでいるような感情とは違う。
やっぱり、早莉那は自分にとって「妹」でしかない。

「言ってやらなきゃ、なんないよな……。」

呟いて、彼はまた目を閉じた。
だが、眠れることはなく、朝がやってくる。



カチャ、と音をたてて扉が開く。
目をこすりながら、早莉那が出てきた
「おはよう、アリス。」
早莉那も眠れなかったのか、寝起きにしてははっきりした声。
「あ、ああ。おはよう、早莉那。」
それに、有栖は戸惑いながら応える。
ずっと悩んでいたが、未だに答えは出ていない。
「えと、朝ごはん、作るから。てきとーに座ってて。」
「うん。」
早莉那は素直に頷くと、昨日と同じソファに座る。
……いろいろあったソファ。

と、突然台所から響く油の音に、思考が中断させられた。

ほぅ、と息をつく。
気がついたら、目に涙がたまりかけていた。
ぶんぶんと頭を振って、台所の音に耳を傾ける。
やっぱり、一人暮らしをしているだけはあって、聞こえてくる音だけで手際のよさを感じさせる。
はっきり言って、お母さんよりテキパキしてるかも、と思ってしまった。
ふと、音が止まって、アリスが歩いてくる。
「ほい、お待たせ〜」
目玉焼きに簡単なサラダ、白いご飯に、お味噌汁。
それらを二人分、お盆に乗せて。

二人並んで、黙々と朝食を進める。
沈黙に耐えられなかったのか、早莉那が喋り始める。
「ねぇ、アリス。私のこと、どう思ってる?」
「ん〜?どした?突然。」
口調だけは興味なさそうだが、実は味噌汁を噴き出しそうだった。
まだ答えを見つけていなかった問題を、早莉那のほうから切り出してきた。
「早莉那は、妹だよ。」
「やっぱり、そうなのね。」
かなり勇気を振り絞った答えだったが、早莉那は意外なほどあっさりと返事をした。
「私ね、アリスのことが好きだった。アリスが、初恋の人。」
ぽつりと、切り出す。
「でも、振られちゃった、かな。あーあ」
有栖は、何も言葉が出てこない。持っていた皿を置いて、自然と俯いてしまう。
「ちょっとアリス。なんであなたが落ち込んでるのよ。私が振ったみたいじゃない!」
早莉那は笑っている。でも、笑っているからこそ、顔を見れなかった。
「こら!アリス!顔を上げなさい!私は気にしてないから!」
両手で顔をガッチリと掴まれた。
真正面、すぐ近くに早莉那の顔がある。
「あなたも笑いなさいよ。私が、バカみたいじゃない。」
早莉那の強い意志が篭った目。
真剣に見つめられているはずなのに、自然と、笑いたくなってきた。

思ったら、あとはすぐだった。
意味もわからないまま、おかしさだけがこみ上げてくる。

「そう、それでいいの。やっぱり、アリスは笑っていたほうがかっこいい。」
顔を掴んでいた手を離して、満足そうにそっと微笑む。
「でもね、アリス。絶対後悔させてあげるんだから。ずっとずっといい女になって。
ずっとずっとかっこいい男の人を見つけて。」
また、本当に綺麗に笑って。
「だから、アリスも。私を振った以上は、納得できる彼女を作りなさい!
そして、そのときは私に紹介してね!」
立ち上がって。背中を向ける。
「私、もう帰るね。突然、ごめんね。でも、また遊んでね。アリス。」
「おう、またいつでも来い、早莉那。」
そうして、早莉那は帰っていった。


ふと、気づく。
部屋の隅に転がる、大きな帽子。
「バカ、だよな。ほんとバカ。」
呟きながら帽子を拾って頭に乗せてみる。
チラ、と鏡を見ると、似合わなすぎてまた笑えてきた。
「ごめん、早莉那。俺、バカで。でもやっぱ、妹にしか思えないよ。」
杖も見つかった。テーブルの下に転がっている。

「……さて。」
今日は学校も休み。とりあえず、
「課題、終わらすかな。」
彼は自室へと戻っていった。


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