「はい、あーん。」
「……あーん。」
昼休み、アタシ達は一緒に集まって弁当を食べている。
ん、だけど……。
なんなんだろう、目の前のこのバカップルは。
ミーが用意してきた弁当を、手ずからセイジに食べさせている。
ミーとセイジは恋人同士なんだし、ちょっとした騒動の末に結ばれたから仲もすごくいい。
それを考えれば、ものすごく普通の光景……、のはずなんだけど。
……セイジって、こんなキャラだったっけ。
なんだかものすごく居づらい。
「……ごめん、アタシ、ちょっと走ってくる。」
「あ、そっか。チカちゃん、インハイ近いもんね」
インハイ、というのはインターハイのことだ。アタシは高校ではバスケではなく、陸上部でスプリンターをやっている。
「うん、しっかり練習しとかないとね。最近調子も良くないしさ。」
ハハハ、という声がやたらにわざとらしく聞こえる。
まだ少し残っている弁当箱を片づけて、アタシは半ば逃げるようにその場を離れた。
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃったかな。」
「いや、ちょうど今居なくなったトコだ。」
「そうか。よかった。」
一人の少年がチカと入れ替わるように、二人のところにやってくる。
「それにしても、彼女には悪いことをしているよね……。」
「仕方ないよ、こればっかりは。大丈夫、きっとチカちゃんは許してくれるよ。」
「だからって、あんな追い払い方は無いんじゃないか。」
ボソリと、セイジがつぶやく。
「えぇっ!?それじゃあ直接あっち行けって言えばいいの?無理だよ私は!」
「いや、そうじゃなくて、俺のキャラが……。」
「キャラなんてないようなものじゃない。忘れてないからね。この妄想癖。」
「ちょ、こいつも居るのに言うなよそういうこと……」
そんな二人のやり取りを、少年はうらやましそうに眺める。
彼女に対する信頼、友情。そして彼らの仲。そのすべてがまぶしかった。
サッパリしない。スッキリしない。
ショートトラックを何度も何度も走りながら、アタシはずっともやもやしていた。
なんだかわからない感情。言葉にできない思い。そんなものが、ずっと渦巻いていた。
……いや、本当は、分かっているのかもしれない。理由なんて。
「そういう、ものだったのかなぁ……。」
アタシにしては、歯切れの悪いつぶやき。
それを自覚して、なおさら嫌な気分になった。
振り切るように、またショートトラックを駆ける。
自己ベストを、一秒も下回った。
「長谷さん、昼休み、もうすぐ終わるよ。」
何度も何度も、繰り返し走り続けるアタシに突然声がかけられる。
声の主はすぐにわかった。というのも、ここ最近はずっとこの声に時間を教えてもらっているからだ。
「くそっ、もうそんな時間か……。」
どれだけ走っても、記録も心もスッキリしなかった。そのせいか、言葉も荒れてしまう。
「そんなに気負わなくても……。」
その悪態を、記録が伸びないことに対してだと思ったのか、声の主である少年は気遣わしげに声をかける。
「ん?あぁ、別に気負ってるわけじゃないよ。ありがとな。」
ちょっと無理してでも笑ってみせる。そうでもしないと、こいつは永遠に心配し続ける。そのことに、最近気づいた。
この少年は同じクラスに居る式山理人(シキヤマリヒト)。
背も低く、線も細く、顔も青白いというどこからどう見ても病弱キャラ。
実際常にふらふらと調子悪そうにしている。
以前に一度、走るのに夢中で時計が目に入っていなかったときに助けられて以来、こうして時間を教えてくれている。
「一年生にしてインターハイの代表だもんね。仕方ないよ。……でも、無理だけは良くないよ。」
「わぁーってるって。ほら、もう時間ないんだろ。」
「わっ、ちょ、ちょっと。」
こいつは人の心配をする前に自分の心配をするべきだと思う。
このまま話してたら人の心配をしながら倒れそうな気がして、背中を押しながら校舎に駆け込んだ。
「ほら、アンタが遅れたら話になんないだろ。アタシのことはいいから教室戻りな!」
アタシはそのままの足で部室に向かう。目的はもちろん、着替えのためだ。
汗臭いし、第一、練習服のまま数学を受ける気はない。
とはいえもう本当に時間がない。
着替える時間と走る時間のバランスを考慮に入れて声をかけてくれるんだから、リヒトは本当に気が利く。
考慮しすぎているのかギリギリ過ぎるのが少し玉に瑕だが、さすがにそこまで文句を言うほどアタシも傲岸不遜ではない。
「って、やばっ」
着替え終わると同時に気の抜けたチャイムが聞こえてきた。
ちょっと考え込みすぎたみたいだった。でもこれはまだ予鈴。
本鈴までには十分間に合うだろうから、歩いて、クールダウンしながら戻ろう。
このスッキリしなさは、放課後にでも思いっきり走って飛ばせばいいさ。そう思いながら。
しかし放課後も、何度走ってもスッキリすることはなかった。
それどころか、先輩にまで、今日はもう帰れと言われてしまうハメになった。
「ハァ……。」
家に帰るなりベッドに転がる。練習服のままだ。
今日何度めとなるのだろう、このため息は。
「鬱陶しいぜー、アニキー。」
「うるさい。」
ここ最近、という単位でいえば、もう何百回を超えているんじゃないだろうか。
そりゃ、ベッドの下の弟から文句の一つも出るだろう。
「うるさいってー。アニキのが数倍うるさいだろうがよー。」
「わかってる。うるさい。」
「やれやれだー。」
弟。名前は明(アキラ)という。今は確か中学一年だったはずだ。
「弟相手に確かってー。」
無視だ。
ベッドの下から、といっても別に弟に変な趣味があるわけじゃない。
単にアタシが二段ベッドの上段にいるだけという話だ。
……というか、アタシはもう高校一年で、アキラも中学一年になる。それなのに
「なんでまだアンタと一緒の部屋なの?」
「俺が知るかよー。心配しなくてもアニキなんかに欲情したりなんかしないぜー?」
「よっ」
思わず吹いてしまった。コイツはどこでこんな言葉を覚えてくるんだか。
「案外とーちゃんたちも、アニキが女だって忘れてんのかもなー。」
……なんか、本当にあり得そうでイヤになってきた。
なんだってこう、悩み事ばかり……。
「……あれー?」
「……何。」
「いやー、殴られるかなーと思ったんだけどー。」
「アンタ、殴られたかったの?」
なんだかそろそろ、本当に頭痛がしてきそうだった。
と、下から「ちがうぜー」と声が返ってきた。
「わかってねーなー、アニキー。ボケ手がツッコんで欲しいタイミングくらい、察っさねーとー。」
……忘れてた。コイツは、大の漫才マニアだった。
大方今も、借りてきた漫才DVDを観てる最中に苦情を言ってきたんだろう。
「ハァ……。」
「違うって言ってんだろー。アニキー、聞いてんのかー?」
「ごめん、寝させて……。」
もうダメだ。今日は、本当に疲れすぎた……。
「ちょっ、着換えろってー!アニキ聞こえ……」
弟の声も、だんだんと聞こえなくなっていった。