「おはよう、チカちゃん。」
「おはよ、ミー。」
今日もまた、校門でいつもどおりの挨拶を交わす。
「どう?調子は。」
「まぁまぁかな。」
先輩との併走にアツくなりすぎて、家に帰った記憶すら残っていないのは言わないでおこう。
目覚めたのは家だったし、きっと帰れてた……ハズ。
「そっか。もう体の方も万全みたいだね。」
「頑丈だけが取り柄だからなー。」
冗談めかして言ってみる。どの口が言ってるんだか。
「あはは。さすがチカちゃん。……それじゃ、私こっちだから。」
「うん、じゃ、またね。」
それぞれの教室へと別れていく。
「おはよう、長谷さん。」
「おう、おはよう、リヒト。」
自分の席に向かう途中、リヒトに声をかけられた。
見ると、彼は几帳面にももう授業の準備をしていた。
「おいおい。まだ予鈴も鳴っちゃいないぞ。」
「予鈴が鳴ってから、ではさすがに遅いと思うけど……。」
断じてそんなことはない。予鈴が鳴ったとして、まずあるのはショートだ。
リヒトに限って、宿題がまだ終わっていない、なんてこともありえ
「しまった!リヒト、一限は?」
リヒトの答えを待つでもなく、机の上を確認する。
机の上に出ている教科書は、古文。そして、古文といえば
「参ったな……。リヒト、ちょっとノート貸しちゃもらえない?」
宿題がひとつ、出ていた。
先生が決めた範囲に、自分なりの訳と解釈を付けて来い、というものだった。
「同じこと書いてたらバレちゃうと思うんだけど。」
もっともな意見だ。
範囲も狭く、一見楽そうに思えるこの課題、「自分なり」という大きな壁が存在する。
古文担当の先生は几帳面で、生徒全員の回答をしっかり吟味することで有名なのだ。
よりにもよってなこの課題を、アタシは完全に忘れてしまっていた。
……というより、昨日どうやって帰ったかすら覚えちゃいないのだけど。
っと、そんなことより宿題はどうすれば
「完全に写させてあげることはできないけど、わからないところくらいは相談に乗るよ?」
天の声が聞こえてきた。
「サンキュー、リヒト!助かる!」
言うなり机に駆け寄るアタシの後を、リヒトがついてくる。
授業が始まるまであと何分だろう。
そんなに残っていないはずだが、きっと大丈夫だろう。
何よりも心強い助っ人がついている。
「終わったぁー!」
「お疲れ様。……僕が手伝うまでもなかったかな?」
「そんなことねーって!アタシだけだったらあそこでどんだけ詰まってたか!」
予鈴もなって、ショートホームルームも終わっていた。
あとは授業が始まるまでほんの数分、というところで、アタシはなんとか宿題を終えた。
「あぁ、あそこか。わからないところは、一旦飛ばしたほうがいいよ。」
「わかっちゃいるんだけどなー。」
飛ばそうにも、どうにも踏ん切りがつかないのだ。
「なんてーか、飛ばすとさ」
と、言おうとしたところで、教室の扉が開く音が聞こえた。
「っとと。リヒト、あんがとな!」
「うん。」
リヒトも一瞬だけそっちを確認し、すぐに自分の席に戻っていった。
扉を開けたのは、言うでもなく、古文の先生だ。
先生が教卓に立つのと同時に、委員長の号令がかかった。
「長谷さん!」
いつもの声に振り向くと、そこにはいつもどおりリヒトがいた。
「おーう!」
と返事をして、リヒトのところに駆けていく。
「あれ?リヒト、お前顔色悪くないか?」
「やっぱり、わかるかな」
困ったように笑うリヒトの顔は、普段に輪をかけて青白かった。
「何のんきに笑ってんの。いつからだ?」
「うーん、いつからだろう?」
また困ったように笑ってみせる。
「ふざけてる場合かよ?ほら、とっとと保健室に行く!」
「うーん……。わかった、そうするよ。」
しつこいようだが、リヒトは身体が弱い。
アタシらにとってはどうでも良さそうなことでも、こいつにとってはそうでもないことが多々ある。
(現に入学してから一度、倒れたことがある)
「一人で行けるか?」
「さすがにそれは大丈夫だよ。」
「そうか。じゃ、アタシは教室行くからな。」
「うん。それじゃあ。」
そして放課後。
アタシはまず、先輩のいる教室に来ていた。
「はぁ?遅刻するってか。」
先輩に、今日は少し遅れる、と伝えにきたのだ。
「あんたねぇ。復帰したばっかでしょうに。」
「ごめんなさい。でも、今日はどうしてもはずせないんです。」
それを聞くと、先輩は無言でアタシを見つめる。
アタシも負けじと見つめ返す。
「……ぷ。あはははは。」
しばらくすると、突然先輩は笑い始めた。
「じょーだんだよ、チカ。アンタの頑張りはわたしが一番知ってるもの。でも、理由だけは聞かせてもらえる?」
「普段、世話になってるからな。こういうときくらい、恩返しさせてくれ。」
あまりにごめんごめんとうるさいので先輩に説明したのと同じようなことを言ってやった。
アタシはあの後すぐに保健室に向かった。
「だからって、鞄くらい」
「鞄くらい持たせろって。背負わせてくれねーんだから。」
「いや、それはさすがに……。」
家もそう遠くないはずだし背負っていってやる、と言っても聞かないので代わりに鞄を持って帰り道を付き添っていた。
手ぶらでも今すぐに崩れそうな足取りをしている。付き添ってやってよかった。
「ふぅ。ありがとう、ここが僕の家だよ。」
「おじゃましまーず。」
「今日は本当に……ってあれ。ちょっと!」
リヒトが鍵を開けたので、アタシはそのまま中に入る。
「おーい、何やってんだ。早く部屋教えろよ。鞄持ってってやるよ。」
リヒトの部屋は、驚くほどに整頓されていた。
アタシら姉弟の共同部屋と同じくらいの広さのはずだが、本棚、机、ベッドなど
すべての家具が中身にいたるまでキッチリと整頓されているおかげで何倍も広く感じる。
で、その部屋の主は今、ベッドに横になっていた。
「すごいな。場所聞いただけで全部わかるぞ。」
リヒトから場所を聞きながら、薬や体温計などをベッドに運んでいた。
微熱程度だが、間違いなく風邪だ。
「こんな季節に風邪、か。」
ものすごく嫌な予感がする。
「やっぱ、アタシのが行っちゃったかな。」
他にそんなやつは居なかったし。
「そんなことないよ。もともと、僕に風邪は季節なんて関係ないし。」
弱弱しく笑ってみせるが、そうだとしても、今回に限っては原因はアタシだろう。
「……長谷さん、僕は大丈夫だよ。ほら、病は気から、って言うでしょ。せっかく治ったのに、また移っちゃうよ。」
うつむくアタシに、そんな声がかけられた。
「病は気から、か。そうだよな。今また風邪ひくわけにはいかないもんな。」
そうだった。アタシにはインハイ代表という大事な役目がある。こんなところで、気も身体も弱らせているわけにはいかないんだ。
「ありがとう、リヒト。……でもな。お前が言うか?それ。」
「あはは、確かにね。」
二人して、気持ちよく笑う。
「よっし。じゃ、アタシは部活に戻るよ。しっかり治せよ。」
「うん。今日は本当にありがとう。見送りもできないけど」
「気にしてる暇があったら寝てろ。じゃな。」
「アニキー?アーニーキー?……最近寝るの早すぎねーかー?」
「うぅ、DVD溜まっちまうー。」