5thDay


 今日は土曜日。学校は休みだ。いつもに比べて、活気が薄く感じる。
 それなのに、いつもよりはるかに、熱気を感じる。
 授業がなく、部活だけのために開かれた学校。
 それは、こんな独特な空気を作り出す。
 アタシは、その独特な空気がなんとなく好きだった。
「おーい、チカ!」
「あ、先輩!おはようございます!」
 校門をくぐって深呼吸していたアタシに、先輩が駆け寄ってくる。
「あいっかわらず早いねぇ、アンタは。」
「いつも、先輩のほうが早いじゃないですか。」
「まぁね。アップには時間かけたい派だし。」
 サラっと受け流される。
「ま、やる気があるのはいいことだけどさ。……わたしらものんびりしてらんないなー。」
 ぐぐっ、と伸びをしながら歩く先輩と並んで、グラウンドに向かう。
 先輩はいつだって自然体で、うらやましい。
「何言ってるんですか。アタシなんかまだ先輩に勝てたことないのに。」
「ハッ、何言ってんだか。」
 突然先輩がアタシの前に回りこむ。
 驚いて足を止めると、そのままニヤっと笑う。
「入ったばっかのペーペーに負けてやるかっての。ナマ言ってんじゃねーぞ?」
「痛っ!?」
 その顔のまま、デコピン。
「甘いこと言ってる暇があったら、その分努力しな。引退まで、アンタの上に君臨し続けてやるよ。」
「言いましたね?絶対、追い抜いて見せますよ!」
 くるり、と前に向いて、先輩はすぐに走り出す。
 負けずに、アタシも追いかける。
「ハハッ、やれるもんならやってみなー!」

 この学校の陸上部には、面白い特徴がある。
まず、基本的に放任されている。
 ……放任、というのは正しくないかも知れないけれど。
 とにかく、顧問の側から何か言ってくることは、まず無い。
 先輩後輩、友人、ライバルなどの間で指導し合い、刺激し合いながら成長させていくというスタンスらしい。
 それでも、質問や相談はちゃんと聞いてくれるし、回答もくれるから、見てはいるのだろう。
 また、自分の記録を公式として残す場合にも、顧問に依頼して目の前で記録をとってもらうことになる。
 そしてもうひとつが、週に一回更新される「代表候補」ランキングだ。
 これは、部室に掲示されているもので、毎週月曜日に顧問が張り替えている。
 その内容は名前のとおり、現時点での代表に近い順に、競技ごとでランキングされたものだ。
 ちなみに、「代表候補」の前には、一番近い大会の名前が追加される。
 たとえば今なら、「インターハイ代表候補」となる。
 このランキングはなかなかに熱く、毎週月曜日の早朝には部室に人が詰め寄せる。
 特に大会前ともなれば、早朝に来たのに確認が昼休み、という事態も珍しくは無かった。

「そういえば、先輩の名前はランキングにありませんよね。絶対に先輩のほうがアタシより速いのに。」
 現在、アタシの名前は短距離のほぼ最上位にある。
 しかし、何度みても、先輩の名前がそのランキングに入っていたことは無かった。
「あぁ、それね。」
 思い切ってたずねてみると、先輩はあっさりと答えてくれた。
「アタシ、まだ一回もタイム見せてないんだよ、せんせーに。」
「え、そうなんですか?」
「うん。そんなに珍しいことじゃないよ。アタシのほかにも見せてないコいっぱいいるし。」
 それは知らなかった。
 タイムは時々見せに来い、と先生も言っていたから、みんな見せているものだと思っていた。
「だから、油断しちゃダメってこと。気づいたら一気にランク外、だってことも十分あるよ。」
 なるほど。これはしっかりと気を引き締めなければならない。
「中には最後まで自分の位置をハッキリさせたがらないコも居るからねー。ほら、目安にされちゃうじゃない、あのランキングがあると。」
「そういうものですか?アタシなんかは、先輩みたいな目標が居たほうがやる気になるんですけど。」
「チカはそうかもね。まー、そういう考え方も一例としてあるってことよ。」
「ふぅん……。ということは、先輩もそうなんですか?」
「ううん、わたしはめんどーなだけよ。呼びに行って、日付決めて、せんせー待って。なんてさ。」
 言って、笑う。
「そんな戦略とか考えるのも、せんせー呼びに行くのも、待つのも、ぜーんぶ面倒!なことやってる暇あったら、突っ走れ!ってな」
 一瞬だけダッシュして、すぐに止まる。
 ザガッ、っとシューズが地面を削る。
「わたしは、そーいうやつ。わかりやすいだろう?」
 先輩の言葉にひとつうなずいて、早足でその横に並ぶ。
「そうですよね。あれこれ考えてる暇があったら、とにかく走ればいい!」
「そーいうこと。よっし、今日も走るよ!」
「はい!」

「た、ただいま……」
「おか……なんだアニキー、またいつに無くボロボロだなー。」
「う、うるさ、い……」
 結局あれから、アタシと先輩はほとんど休み無しで走り続けた。
 ミーと話してから、ウソみたいに身体が軽い。
「とはいえ、毎日こんなんじゃ、逆効果かもね……」
 このままじゃ、大会前に身体が壊れかねない。
 ちょっとは加減しなきゃ、だ。
 とりあえず台所に向かい、冷蔵庫から麦茶を取り出して一気に飲む。
「あーあー、口飲みすんなってー」
 わざわざ小言を言いに来た弟はとりあえず無視する。
 冷たい麦茶のおかげか身体も落ち着いてきた。
「やれやれだー。そーだアニキー、昼に友達来てたぞー。」
「え? 誰が?」
 アタシの手から麦茶を取ると、コップに注いで冷蔵庫に戻した。
「誰だっけー?木村、とか言う女の人ー。」
「ミーが!?何て!?」
 思わず、弟に詰め寄る。
「うおー!こええー!こええってアニキー!」
 弟は必死で手のコップをテーブルに逃がそうとしていたが、そんなこと構ってられない。
「なんかー、明日の昼に私の家に来てみたいな事ー。」
「明日?」
「おうー、明日ー。」
「うん、わかった。ありがと。」
 明日も部活があるのだが、どうしようか。
 ……なんて考えてみたところで、答えは決まっている。
 先輩をガッカリさせてしまうことになるだろうが……今回ばかりは仕方が無い。
 せめて、午前中だけでもしっかり参加しよう。
「……アニキー?……ひょっとして忘れてんのかー?明日ってー……まぁいいかー」



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