思い出の日3


 ひとつ、息を吸う。
 ミーの家の玄関まではやってきた。
 でも、あけてもいいのだろうか。
 いいんだよね、呼ばれたんだし。
 よし、開けよう。
 意を決して、扉に手をかける。

 ガチャ
「あら、チカちゃんいらっしゃい。早かったね。」

 アタシの迷いをあざ笑うかのように扉が開き、中からユキさんが出てきた。

 案内されるままに、ミーの部屋に行く。
 場所なら知っているから、と言ってもユキさんは「いいからいいから」と聞く耳持たずだ。
「さ、どうぞ」
 と、部屋の前で促され、アタシはユキさんの前に出る。
 ここまで来て、アタシはいまだに緊張していた。
 どうして、ミーはあんなによそよそしかったんだろう。
 どうして、ミーはこの日まで引っ張ったんだろう。
 どうして、
「チカちゃん。今は考えてる時じゃないでしょう?」
 後ろからのユキさんの声で、ハッと我に返った。
「そうですよね。ユキさん、行ってきます。」
 なんだかユキさんは困ったような笑いを浮かべているが、かまわない。
 アタシは、ミーの部屋の扉を開いた。


「誕生日、おっめでとぉー!!」


 とたんに、言葉と、たくさんのクラッカーがはじける音が同時に聞こえた。
 一瞬、何のことかわからなくて。
 今日の日付を思い出して。
 それが、何を意味するのかを考えて。
 そして、今の言葉を思い出して。
 そして。
 やっと。
 やっと、すべてを理解した。
「あ、ありがとう!」
 なんとか、この言葉を口にすることは成功した。

 ミーの部屋は、色とりどりに飾り付けられていた。
 そして、「チカちゃんお誕生日おめでとう!」と書かれた紙もあった。
 テーブルの上には、豪華な料理が並んでいた。
 そのテーブルを囲んで座っているのは、ミー、アキ、セイジ、バカ、そして
「リヒト?」
「やぁ、長谷さん。」
 予想外の顔、式山理人は、弱弱しく笑いながら片手を挙げた。 

「ごめんね、ごめんねチカちゃん!私がサプライズにしようだなんて言わなきゃ!」
 ユキさんとミー、それにアキが協力して作ったというご飯を食べながらワイワイと騒いでいると、突然ミーが抱きついてきた。
「いいんだよ、ミー。アタシを喜ばせようとしてたんでしょ?だったら、アタシはすごくうれしいよ。ミーは、自慢の友達だよ。」
「ありがとぉぉぉぉぉ!」
 ミーはアタシに抱きついて顔をうずめたまま、離れない。
 しばらく疎遠に感じていたせいもあって、アタシも悪い気はまったくしない。

 その様子を見ながら
「……なんだあいつら。」
「あははは……。入る隙がないね。」
 ミツルが呆れたようにつぶやいて、アキも呆れたように同調する。
「入る隙どころか、居場所が見つからねぇ。」
「ははは、僕もだよ。」
 セイジが拗ねたようにつぶやいて、リヒトがうなずく。


 しばらくすると、木村さんが長谷さんを連れて席を立った。
 と、同時に、皆がいっせいにこっちを向く。
「おいおいリヒト、何やってんだよ。」
 本田くんが、ため息をつく。
「じっと静かに座ってるだけじゃ意味ないだろ。」
 横山くんが、笑いながら言う。
「うーん、とは言っても、どうにも入りづらくてね……。」
 弱弱しく微笑みながら、返事をする。
「みんな、本当に仲がよさそうで。僕なんかが入れるような気がしなくて。」
「おいおい、その覚悟があるって聞いたから俺は許可を出したんだぞ」
「お前、いつからそんなに偉くなったんだよ。」
 横山くんが声の調子を変えながら言って、本田くんがその頭をバシバシと叩く。
 何もかもが自然で、心地いい。
「でも、もしかして迷惑だった?突然、こんな場所に呼んじゃって。」
 そんな彼らをよそに、七川さんが気遣わしげに声をかけてくれる。
「余計なこと、しちゃったよね。ミーから話を聞いたとき、他人な気がしなくて……」
 心から申し訳なさそうに。そして、どんどん声の調子が落ちていく。
「ううん、そんなことは無いよ。そりゃ、はじめに話を聞いたときは驚いたけど。」


 いつも、窓から走り続ける彼女を眺めていた。
 いつからの「いつも」だったろうかは、ほとんど思い出せない。
 何気なく窓の外を見たら、偶然、彼女がそこに居た。
 何気なく時計を見たら、偶然、昼休みが終わる直前だった。
 なぜだかわからないが、走り出していた。
 クラスメイトが遅刻しそうなのに、それに気づいてしまったからだろうか?
 よくは覚えていないが、とにかく走ったことは覚えている。
 なぜなら、その日は偶然、いつもより体調が悪く……
 結果、彼女に声をかけようとした矢先に、倒れてしまったからだ。
 彼女はその倒れる音に気がついた。
 ……結局、自分はその授業を欠課し、彼女も遅刻してしまった。
 「いつ」からだったかはわからないけれど、それからの「いつも」だった。

 その日も、いつものように彼女を眺めていた。
 すると、後ろから声をかけられた。

「ね、理人くん。きみ、チカちゃんのこと、好き?」

 固まった。頭も、身体も。
 それなのに、心臓だけが、狂ったように動いていて苦しい。
「き、きみ、は?」
 声の主が隣の席に座ったことを感じて、なんとか声を出す。
「あ、ごめん!そういえば初対面だったね。」
 突然、あわてたようにそう言った。
「ごめんごめん。チカちゃんが君の名前ばっかり出すから、もう友達のつもりだったよ。」
 彼女は、木村美咲。長谷さんの大親友だ、と名乗った。
 なんだか、自分では考えが理解できない人だ、と思った。


 そしてその印象は、今でも変わっていなかった。
「いきなり、長谷さんに告白しない?だったからね……。」
 そういわれたのは、今から一ヶ月前。誕生会を開きたいんだ、という話からだった。
「でも、受け入れたからここに居る、そうだろ?」
 なんだか呆れたような感じの笑いを浮かべながら、横山くんが言う。
「……正直、僕は今もよくわかっていないんだ。本当は、どう思っているのか。」
 作戦を立ててくれた、木村さん。
 そしてそれを応援してくれる、本田くん、横山くん、七川さん。
 彼らには、悪いと思う。それでもそれが、僕の本心だった。
「長谷さんはかわいいと思う。一生懸命だし、全力で生きているところが魅力的だも思う。」
 情けない話だ。作戦が決まってから、一ヶ月もの時間があったというのに。
「いつだって、長谷さんが走るところを見ていた。けれどそれは」
 けれど、何なんだろう。なんで、いつも彼女を見ていた?
「授業に遅れないか心配だった?走る彼女を見ていたかった?自分でもわからない。」
 自分で、わからない。自分が、何をどうしたいのかも。
「こんな、こんな曖昧な状態で、……彼女に失礼じゃないか、って思うんだ。」
 いつの間にか、弁に熱が入ってしまっていたことに気がついて、あわててトーンを落とす。
 場が、静かになる。
 せっかく、応援してくれたのに。
 せっかく、こんな場面を作ってくれたのに。
 期待に添えられないどころか、ずっと、弱気なままで。
 いたたまれなくなって、帰ろうかどうか考え始めたとき。
「いいんじゃ、ないかな。」
 声は、七川さんのものだった。
「私と、横山君。付き合ってるんだよ。」
 彼女は、自信なさそうに、それでも、ものすごく優しく笑っていた。
「それでもね、まったくわからない。彼の何が好きなのか。彼の何を見ていたいのか。」
 チラリと、横山くんの顔を見る。
 とたん、目が合うが、「いいから聞いてろ」とでも言いたげに、一瞬だけ揺れる。
「それでもね、私、幸せだよ。何もわからなくても、これだけはわかるの。」
 だから、ね。と。
「難しいことなんて考えないで、ぶつかってみようよ。」




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